冷たい雨 その2
今日のミラノは曇り。
曇るとやはりまだ肌寒い冬なのだと実感します。
本当は昨日の文章は書く予定ではなかったのだけど、ある電話がきっかけで書き始め
てしまいました。
書いていくうちにドンドンと記憶は甦るものですね。
最初は思い出しながらだったのに、書き進むにつれ頭の中で鮮明に甦りだしましたが、
途中で切ったのは思い出した内容が余りにも多くて、自分でもどうまとめたらよいかわ
からなくなってきたからです。
一日たったお陰で随分と整理する事ができました。
また、こんな僕の思い出話に興味を持って読んでくださる皆様に感謝します。



翌日のPerugiaは曇っていて冷たい空気がピンっと辺りを包み込んでいた。
僕は朝食を軽く(イタリアの朝食ですから本当に軽いんです。)済ませると、何もする
事が無いので散歩に出る事にした。
僕が泊まっていたホテルはPiazza D'Italia沿いにあり、新市街から登って来た
バスの終点に程近い場所に建っていて、(イタリアの地方都市は城壁の内側、つまり
centroには許可車以外入る事ができない。)公園の中には小さな噴水があり、
なぜだか中央に人魚像が置いてある。
よく見るとその人魚像は寒さで氷柱というよりむしろ、氷で覆われている感じ。
まあ冬の山の上なので寒いのは当たり前なのだけど、その日は曇っていたためか日の
差さない天気だと寒さを余計に感じてしまう。
散歩といっても、こんな田舎の街で休日の朝早くからいける場所と言えば、教会ぐらい
しか行くところが無いので、とりあえずPiazza Ⅳ Novembreへ向かうことにする。
広場に面したCattedrale di S.Lorenzoは外観こそ大した事がない。
だがその内部は素晴らしくUmbria建築の傑作と言えるほど素晴らしいもので、僕は
このカテドラルが大好き。教会の中で唯一こことミラノのDUOMOに始めて入った時、
回心しようかと思ったくらい。(笑)
この日は日曜日で当然ミサをやっていたのだが、見学する事ができ感慨深いものが
ありました。
あれ?観光話じゃなかったですね。話が長くなってしまいますので先へ進みます。

正午にチェックアウトを済ませ、僕はスタジアムへ向かう事にした。
待ち合わせは13時にペルージャの駅。
駅に着くと姉妹は既に到着していたのですが、よく見ると他にも数名の男女といました。
とりあえず姉妹に再会の挨拶を済ませると、姉の方が皆を紹介してくれた。
紹介といっても、彼らとはフィレンツェのユース・ホステルで一緒になっただけで、今日
サッカーを見に行くといったら、皆も行くという事だったので、それじゃあ皆で連れ立っ
て行こうということになったらしい。
とりあえず皆の分のbigliettoを姉妹が買っておいてくれた。バスに乗りスタジアムを
目指すそのバスは、流石イタリア、サッカー観戦に向かう人達で溢れ返り、その光景は
日本の朝の通勤ラッシュって感じだった。
到着後彼らはbotteghinoでチケットを購入するとのこと。僕はstampaでcampoの
申請をしなければいけないので、待ち合わせ場所を決めて試合終了後に落ち合う事に
し、それぞれへ分かれました。

fotogiornalistaの申請を済ませcampoに入って程なくして雨が降り出し、試合が始
まる頃には本格的に降り始め、風も少し出てきて寒が増してくるのを肌を通して感じた。
(Perugiaは山間の町ということもあり、天候がよく変わる)
始めはそれ程酷くは降っていなかったのだけど、試合がヒートアップするとともに雨も激
しく降りだし、冷たく刺すような寒さが僕の体を襲い続けてる様だった。
サッカーに限らず、スポーツの撮影は外での撮影が多く、何処にも逃げる事ができない
場合が多い。もちろんそれは選手も同じ事で、ただただ辛い。
できることならよく晴れた日の試合が一番嬉しいと思うのは僕だけではないと思う。
この日の試合結果がどうだったかは覚えていないのですが、中田の笑顔を見れたと
記憶はしてる。
そして、試合終了後に待ち合わせの場所へ向かうと、連れの男の子達はいたのだが、
姉妹の姿が見当たらない。急いで僕が彼らの前へ着くと、その内の一人の男の子が
姉妹の姉の方が寒さで動けなくなって、今応急処置をしてもらってると伝えてきた。
状況がよくわからなかったので、詳しくその話を聞いてるうちに雨はようやく上がり、
人々も帰宅の徒へと向かって移動していたのだが、行過ぎるイタリア人達は口々に
『ナカータ!ナカータ!』と日本人を見れば叫びまくっていた。
僕はそんな彼らに「Mi chiamo GON !」と反論していましたが・・・(笑)

どれくらい待っただろう?30分?1時間?そのくらいの時間が経過して姉妹はようやく
姿を見せた。近づく姉の顔は蒼白で唇も紫色をしていて、見るからに具合が悪い事を
物語っていた。
妹が「心配をお掛けしました」と皆に謝ると、誰かれなく『いいよ。大丈夫?』と声が投げ
かけられて、姉の方もようやく口を開き「大丈夫です。心配掛けました。」と言ってとりあ
えず皆を安心させてくれた。
駅まで向かう途上、妹さんから事の経緯を聞くと、前半が終わる前ぐらいからお姉さん
の体が寒さで動かなくなり、すぐに医務室に行ったこと。それに付き添って妹さんも後半
は観戦しなかったことなどなど。
彼女達にとって楽しみにしていた初めてのSerieAの観戦が、とんでもない事になって
しまい残念だと僕は思ったのだが、誰にもどうする事もできない状況もあるのだと感じた
瞬間でもあった。
駅に着いて僕は、次のユーロスターでローマに入る事を彼女らに伝へ、彼女らにどうす
るのかを尋ねると、姉妹は姉妹と一緒に来た数人の日本人の子らとフィレンツェへ帰る
と言ったので、本当に大丈夫かと心配に成り、僕と一緒に来るかと訪ねたのですが、
荷物をユースホステルのロッカーに置いてきているので、取りに帰らなければならない
ので、一緒には行けないとの言っていました。もちろん日本人の男の子達も自分達が
彼女達と一緒に戻るから心配しないでいいと僕に言っていたので、僕はそれ以上何も
言う事はなくなってしまった。
とりあえず代わりに姉妹に僕はしばらくローマに滞在するからと、泊まるホテルの名前
と住所を書いて手渡し、困った事があったら連絡するように言って別々の電車に乗って、
それぞれ別の方向へ向かった。
もっともその時には連絡が無くてもいいかなくらいの想いであった事は間違いない。
旅先ですれ違う人というのはそんなもんだとずっと思っていたし、日本人の社交辞令も
知っていたから、彼女達と過ごした時間が楽しかった思い出だと、思うことにした。
だがしかし・・・(更にこの話は続くのですが、長くなるので続きはまた明日)

水のみ場の蛇口(これじゃピエロ口???)
photo by GON
b0041046_337533.gif
[PR]
by illy23 | 2005-02-17 03:37 | 風景
<< 冷たい雨 その3 冷たい雨 その1 >>