欲求とエゴ
気が付くと知らず知らずのうちに身勝手な振る舞いをしてしまうときがある。

親しくなる以前には遠慮や礼儀がある。
自分の事を優先するより、相手の事を慮って行動する。
多分、自己防衛本能が働くからだろう。
相手の立場に立って物事を考え行動を起こすという事は即ち、相手の気分を良く
する行為だといえる。

気遣いは、相手に嫌われたくないという気持ちがあるからこそできる行為である。
心を尽くす行為は精神的にも肉体的にも疲れる。
緊張感を持続させるためには莫大なエネルギーが必要になる。
エネルギーを放出し続ける為には、エネルギーに変わる対価の補給が必要で、
人によって補給するものは違うし、その時々によっても違う。

あるものは自分の地位向上の為。
あるものはお金の為。
あるものは愛情を勝ち取る為。

もちろんキリストやガンジーに代表される慈愛に満ち溢れた人達もいるので、
必ずしも全ての人々に当てはまるわけでは無いのだが・・・

それでも人と人の関係においては自然と優劣がつき、気遣いという行為は当た
り前の様に行われる事になる。
人はそれを利害関係と呼ぶ。

しかし・・・

事、愛情においては、時として関係の逆転が起こる。
愛するが故の欲求。
自分がこれだけ愛しているのだから、相手にもそれを求める。
対価を求める行為がエスカレートするとエゴになる。
エゴが大きくなると、反対に反感を買う事に成り反発を生む。
最初は無償の愛だったはずなのに。
純粋な気持ちが変化する。

僕はエゴの大きな人間である。

僕が愛した人からは、僕が愛した以上の愛を欲しいと願う。
僕が愛した仕事は、誰からの評価をも受けたいと思う。
僕が愛した街には、住みやすい環境をと願う。
僕が愛した・・・愛した・・・愛した・・・

僕はエゴの大きな人間である。

荒れる空。僕の心も不安定。
photo by GON
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by illy23 | 2005-02-26 09:19 | 風景
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